こんばんは~茜です


先日、尾木ママこと尾木直樹さん出演のEテレ『ウワサの保護者会スペシャル~不登校 親ができることは?』を観ました。

娘は2歳になったばかり。
まだまだ不登校の心配はいりませんが・・・

我が家にも降りかからないとは限りません。予備知識ってことで、観てみました。


・・・そしたらいろいろ思うところアリの神回だったので、

こりゃぁ記録に残さなくっちゃ!!!

ってことで文字起こししてみました


『ウワサの保護者会』は、尾木ママと悩めるホゴシャーズが喫茶店風のスタジオでわいわい話す番組です。
とってもわかりやすいし、番組の構成も上手で私もよく見ています。
ホゴシャーズの子供たちは小中学生が多い印象


では、ドーゾ。

青字:ナレーション
太字とか赤字とか・・・私が勝手にびっくりしたりグッと来た部分


*記事の内容が長いので、ライブドアブログの仕様上2ページ以上になると思います。
2ページ目に移るときに時間がかかる場合がけっこーあります。
このブログ、独自ドメインは取ったくせにサーバーが無料のライブドアブログのままなので、ドメインとサーバーとの相性の悪さかな~って最近は思ってます
時間がかかる場合は3分ぐらい待ってみてください☆

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3年連続で12万人を超える小中学生の不登校。
その割合は中学生では35人に1人にもなるという。

「ウワサの保護者会」にも、こうした不登校にまつわるお悩みが数多く寄せられている。


“学校に行きたくないのを無理やり行かせたら行方不明になった”
“学校は怖い”
“価値のない人間、死にたい”
“これ以上どうしたらよいのかわかりません”

親にとってはある日突然始まる子供の不登校。
子供の不登校に対して親は何ができるのか、一緒に考えてみませんか?


悩める保護者と尾木ママがとことん語り合う

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1時間じっくりと語りつくします!


アナウンサー:高山哲哉
尾木ママ、夏休みも終盤に近づくと子供の気持ちちょっと揺れ動くようですね


尾木ママ
ああもうすぐだ、あと四日だ五日だってなってくるとまた自分を責め始めるの。
行かない自分は良くない自分じゃないのかっていうので。
そうすると苦しくなってくるし、また新しく不登校の子供たちがそういう現象に入ってくるのも夏休み明けが結構多いんですよね。


高山アナ
さあそこで今回は、わが子が不登校の経験がある・あるいは現在不登校ですというホゴシャーズの皆さんにお集まりをいただいております。

インコさんはどうですか?夏休みっていうのはかつて大きく影響したなっていう経験はありますか?


ホゴシャーズ:インコさん
長男(中2)が小1と中1のとき数か月不登校に。
現在もたまに行き渋る


うちは小学校1年生の時に、四月の時点で少しやっぱりなかなかなじめなくて、行き渋りがあって、
夏休み開けて運動会の練習とかもその辺で重なって、夏休み開けたら「もう学校は行かない」「教室には行かない」って言い出してしまって。


ホゴシャーズ:アマガエルさん
長男(院1)が小1~小6まで不登校

うちも小学校一年生の二学期から学校に行かなくなったので
なんか調子は悪かったんですけど夏休みがポイントにはなってます。


高山アナ
親としてはね、いきなり「行きたくない」って言われる時ほど戸惑ったことはないと思うんですけど、コハダさんもずいぶん戸惑いが大きかった?


ホゴシャーズ:コハダさん
大きかったですね。


コハダさんの次女のマナちゃん(中2)。
学校に行かなくなっておよそ6年になる。
今ではマナちゃんと落ち着いて会話もできるようになったコハダさん。
しかし6年前、マナちゃんの不登校が始まった時には、その理由が全く解らなかったという。


コハダさん
「なんでどうして、今まで行けていたのにって。」


マナちゃんが学校に行かなかくなったのは小学校2年生の冬。
インフルエンザで数日学校を休んだ。
その後徐々に行かない日が増えていった。

理由を聞いても「行きたくない」と言うだけのマナちゃん。
コハダさんはうろたえた。
理由がわからなくて不安になり、不安はイライラを生んだ。
コハダさんはそんなイライラをマナちゃんにぶつけてしまった。



コハダさん
「行きなさい」だったり「起きなさい」だったり
「ご飯食べなさい/準備しなさい/できないなら前の日に一緒にやりましょう/宿題もしなさい/完璧にしなさい」・・・

今までできていたのでなおさらできないことがわからなくて、
普通にというか今までの元に戻そうとして できていたことを全部やりなさいとひどい暴言も吐きました。
「そんな子はうちのじゃない」みたいなことも
「できない子なんてうちの子じゃない」みたいなことも。


更に嫌がるマナちゃんを部屋から引っ張り出してしまったことも。

コハダさん
「学校に行かないという選択が私の中の発想に全くないので、どうして行かないのか、何が嫌なのか全く解らなかった。」


―マナちゃんは当時何が嫌だったんだろう?

マナちゃん

「先生に怒られることもあるし、
週に一回くらいある朝会とか
音楽の授業とかあんまり好きじゃなかった。
英語が嫌いとか。」



嫌なことはたくさんあったが何か決定的な理由があるわけではなかった。

―そんな気持ち誰かに話したことはあった?


マナちゃん
「言わなかった気がするな。
学校に行きたくないと言っても行きなさいって言われるし
あんまり言いすぎるといい加減にしなさいになるし。」


学校に行かない理由がわからないコハダさんは、ご褒美をあげて行かせようともした。
「一週間学校に行ったらゲーム買ってあげる」
しばらくは学校に行ったが、すぐにまた休むようになった。

また
「学校に行かないんだったらお昼は作ってあげない!食べたいんなら給食を食べに学校行きなさい!」
と言ったことも。

そんなことが続きマナちゃんは部屋から出てこなくなる。
引きこもってご飯も食べずお風呂にも入らない日々が続いた。

―マナちゃん、その時の気持ちは?

マナちゃん
「ピリピリしてるっていうか。
怖かったし、お母さん。
逃げて隠れて。家にいても怒られるし。でも学校に行けないし。
どうしたらいいんだろうって感じで、結構悩んだかな・・・。」


一人で悩んでいたマナちゃん。
今となってはひどいことをしてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいのコハダさん。
あの時どうすればよかったのか。
これからどうすればいいのか。

皆さんどう思いますか?


高山アナ
どうしたらいいんだろうと。汲々と考える日々・・・。


コハダさん
はい。
自分がつらいことばっかりしか目がいかなかったです。
自分が思った通りに子供が動かないことが一番嫌でしたね。


インコさん
本当にまさにコハダさんの気持ちがよく解るというか。

私もほんとに怒ってしまったりとか イライラしてしまって、言っちゃいけないないうこともつい言ってしまったりとか。
あとでものすごく反省して、ごめんって気持ちにすごくなるんですけど・・・。

イライラしたり「どうしてうちだけ行けないの?」って。
帰ってくる子の声を聞くとつらくて、「なんでうちは家にいるんだろう」みたいな気持ちに・・・。


はやぶささん

自分の話かと思いました。
うちもやっぱり最初はコハダさんと同じように感じてて、「なんで行かないの?」っていうのがずっとありましたね。


はやぶささんは3人の男の子のお父さん。
次男(中1)が小4のときに塾でつまづき学校にも行かなくなりました。
最初は理由を聞こうとしたそうです。


はやぶささん
理由がわかれば解決できるっていうのは、私理系の人間なので・・・・。
理由があったらその理由をつぶしてしまえば、結果は変わるっていうのがやっぱり思考として染みついてるとこがあると思うんですけど。
「なぜ?」
それが解れば解決してあげたいと最初は思っていました。
その当初は、「なんで?」「原因は何?」「じゃあどうすればいい?」
そればっかりでした。


尾木ママ
特に最初の2~3か月は親にとってはきついですよね。
この子の将来がダメになっちゃうと思うから必死になってレールに乗っけるっていうか。
普通の子と同じように毎日学校に行ってくれるようにって。
あの手この手でね。
親も一生懸命なんですよ。


高山アナ
親は戸惑って、なんで?なんで?と思ってしまうんですけど、
子供たちにも理由がわからないって多くて
例えば番組が行った不登校のお子さんへのアンケートによると
不登校になった理由について「わからない」「なんとなく」という状況が多いんですね。
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親子ともども戸惑ってしまう不登校の初期。
いったいどうすればいいのか。

ここは不登校の子供たちや、地域の子供たちが、一緒に遊んだり休んだりできるように川崎市が作った居場所。
運営する西野博之さんは31年前から数多くの不登校の子供たちと向き合ってきた。

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―子供たちが学校に行かなくなったとき、親はまずどうすればいいのでしょう?

西野さん
親はハラハラしてるかもしれないけど、「どうした?」って共感的に聞こうとする、その最初が大事。
単なるウダウダなのか、本当は深刻な何かがあってのウダウダの始まりなのかは、親にはわからない。
だとしたら「母さんもういっぱいいっぱいだよ。助けてよ。」っていう声が出しやすくなる空気感は必要ですよね。
最初はちょっと気にかける、気を向ける。
「私はあなたのことを大事だと思っている」と。
子供がちょっとした隙間から何かを言葉にできるような、シグナルを出せるような、そんなアンテナをたてておくぐらいしかできない。

―理由を聞くのはよくないの?

西野さん
30年やってきて、子供が自分が学校に行けない理由をクリアに語れた子はほとんどいない。

それは大人には解らないんですよ。

不登校には理由があるだろう、なんで行かないのか言え。
親が納得できる理由を言えって時に、親にはこの理由を言う。
先生にはこの理由を、カウンセラーにはこの理由をってさまざまな理由を言って、
「あっそうか。」って思ってくれる理由を探して言うけど、でもその後成長した彼らと会って、「あの時学校に行かない理由をこう言ったけどでも本当はそうじゃなかった」、みたいなのはいくらでもある。

いろんなことが複合して今行けないという現象が起きているだけ。
その理由を問い詰めてもあまり意味がないんです。
それよりも今ここにある彼や彼女を丸ごと受け止める方が大事。


Q:親がつい子供に厳しいことを言ってしまうこともあると思いますが?

西野さん
「だらしなく過ごしているとお前の人生はもうない」と脅しのような叱咤激励はまずマイナス。
大丈夫の種”をまいた方がいいんですね。

親が正論と思ったことを言うときは言葉が強い。

大人は正義を背負うと言葉が強い。

「ふざけるな!そんなこと許されると思うな!」って。
そんな言い方しなくてもいいのに、:つい強い言葉で言っちゃって、彼や彼女を傷つける。
本当グサッと入っちゃう。
だから大人が「うっ」と思っても、まずは「どうした?」というところから始まるんですね。


Q:子供を傷つけてしまった場合取り返しはつく?

西野さん
ひどいことを続けてしまって、そのことは酷いことだったと、本当に親が思えたときに流れは変わる。

どんなにこじれた段階でも「あのときはごめん。」と言うことが雪解けになって、そこから少しずつ変化は生まれるから。
言葉にならなくても本当にそう思えたら何かが全部変わってくる。
些細な言葉づかい、ふるまい、その子を見てる目線・・・。
ゲームをやってる時も親の目線は変わってくる。
それを感じているから子供は少しずつ回復に向かえる。
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高山アナ
西野さんは、子供っていうのはケースバイケースでそれぞれ千差万別なのでこれという正解はない、と踏まえた上でアドバイスをいくつかくださいました。

はやぶささんは画面に穴が開くんじゃないかというぐらいしっかりご覧になってましたね。


はやぶささん
親がどう対応するかはほんと大事だと、今になって思うんですけど、こういうことをもっと早く知りたかった。
その当時知っていれば違ったのかもしれないなって後悔しますね・・・。


高山アナ
“共感的に聴く”って言葉がありました。
ケイトウさんどうですか?ご自身の経験として。
共感的っていうのができたのはいつですか?


ホゴシャーズ:ケイトウさん
(長女:40代会社員)が中1から中3まで不登校。

ケイトウさんの長女は、中学の3年間ほぼ学校に行かなかった。
それが、あることに気をつけたら将来の希望について語ってくれるようになったという。


ケイトウさん
最初のうちは、娘の将来の希望を実現させるためにはどうしたらいいのか、具体的なことを言っていた。
すると「もう話さない」といなくなるんですよ
それを何度も何度もやってて、どうも私が何か建設的なことを言うと反抗してくるなって。

この人の話をちゃんと聞けばって気づいて、その時そう思っているということを「そうなんだ」と聞くようになった。
それは教えられてっていうか、娘がそういう態度をとるので少しずつ私が学ばされたと思うんですけど。


高山アナ
インコさん深くうなずいていらっしゃいますけどどうですか?


インコさん
私も正論を言ってしまうので・・・。
それもネチネチ言ってしまんです(笑)
子供の方は「ふんふんふん」ってただ聞いてる。流してる。
そんなふうになっちゃいますねいつも。


ケイトウさん

私の夢を語るんじゃなくて子供の気持ちですよね。

とんでもないことも言ったりするんですけど、その時そう思ってるんだなっていうのを聞けるようになったら、とっても楽になった覚えがあります。


ホゴシャーズ:ネジバナさん
長男(大2)が小5から不登校。


最初はなぜ行かないのか理由を探した。
あるきっかけで子供への接し方を変えたと言います


ネジバナさん
まず本人が・・・子供が泣きながら「お母さん学校に行けなくてごめんね」って言ってきたんです。
うわっと思って。
この子は自分がいけないんだと自分を責めてる。これはまずいと思って。

それと夫が
「嫌なことを続けさせると子供は死ぬよ」って言ったんです。
それでえっと思って、子供にとって生きる死ぬのことに直結するような大変な問題なんだと。
そこまで思っていなかったんですよね。
そこをちゃんとわかってあげないとダメだと思って、それでやっと子供の側に原因探しじゃなくて、子供の方に目を向けなきゃって思えるようになって。
しばらく経ったらちょっと話ができるようになってきたんです。
私中心じゃなく子供中心。


尾木ママ
主体を子供に変えたら景色が変わってきた?


ネジバナさん
変わってきましたね。
自分のやりたいこととか好きなこと、彼が好きなことをとにかくダメって言わないで「どうぞ」って言ってあげようと思ったんです。

っていうのは、彼はゲームが好きだったので。
日中学校に行けない自分を責めているような状態ですよね。
私よりも彼の方が絶対不安でつらくて。
その時間をゲームで何とか過ごせるんであればそれでいいと。

とにかく彼を否定しない。ゲームがダメっていうことは否定されてることになるので。
私はゲームは好きじゃないんですよ、全然(笑)
だけど「いいよ」ってやっと言ってあげれるように・・・。
それもすごく時間がかかってるんですけど、何とかなりました。


尾木ママ
そうしてからお子さんは学校行かなくてもいいんだって自分を肯定されるように?


ネジバナさん
そうですね。
変化はちょっとずつですけど、何気ない親の「なにゲームやってんだ!?」って顔をしているのか、「いいよ」って見ているのかで子供にとっては全然違うんですよね。


親の意識の変化が求められているのかも。

実は最近国の取り組みにも大きな変化があった。
その一つは2016年9月に出された文科省の通知。

「不登校を“問題行動”としてはならない」
「不登校の子供が悪いという偏見をなくすべきだ」

と書かれている。

実はこの動き80年代の終わりごろから始まっていたという。
それはなぜなのか専門家に聞いてみた。



白梅学院大学学長 汐見稔幸
不登校の子は特殊な子ではない、学校に構造的な欠陥があるのでは?
そういう認識が始まったんですね。

そのときに「登校拒否」という言葉をやめて「不登校」と言うようになって(1990年代前半)
不登校というのは学校が期待する子供の行動とか資質と、
子供自身が持っている行動性とか期待、性格だとかというものとのミスマッチがある状況、
というような定義に変わっていったんですね。


また「不登校の時期にも積極的な意味がある」という記述も。
どういうことなんだろう?



汐見学長
発達の考え方っていうのは“プッシュ(成長)した後に一回休む”。
そして自分がやってることの意味を考える。
自分が悩んでいることを他者に伝える。
一直線じゃなくて、立ち止まり立ち止まり発達する方が深い発達になっていくんだっていうふうに考えているわけです。

だから不登校の子供たちは、いわばプッシュプッシュで来た疲れっていうか。
それで本当に自分っていうものが見えているかとか、そういう子供たちが一回きっちりと休んでいいよって
そこで自分を見つめなおしてってね。
そこで新しい学びを見つければそこでやっていっていいよっていう、そういう権利を与えたっていうんですかね。
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更に去年の冬「教育機会確保法」が成立。
今年(2017年)2月から施行された。

教育機会確保法とは、学校に行かない、行けない状況でも子供に学びの機会を確保する法律だ。
なぜ今こうした法律ができたのだろうか?


汐見学長
学校教育法では「学びを多様化しよう」としている。
社会全体で学びの場をもっと多様化していくべき。

だから無理に学校に連れて来て何とか適応しなさいという“適応指導”ですね、そういう形だけでやるというのはもう時代に合わないんじゃないかっていう。
そういう認識に文科省は切り替えたんだと思います。

*適応指導・・・学校に復帰することを目的にした指導


「不登校を“問題行動”としてはならない」「学校以外にも学びの機会を確保しよう」。
こうした国の動き、どう思いますか?



はやぶささん
もう少し早くこういう動きが起こっていたら、気持ちが楽だったのかもしれないと思いました。
学校に行くもんだという自分の先入観っていうか、固定観念がやっぱりあったんでしょうね。
それをそのまんま子供に投影してしまってたので、こういうふうな考え方があるんだ・認められてるんだっていうのが分かれば、多分初期の苦しかった時代がもう少し楽にできたんじゃないかと思いますね。


アマガエルさん
うちの子供は小学校一年生の頃から学校に行かなくて、4年生からフリースクールに行ったんですけれども・・・未だに「フリースクールって何??」という方が多い。
もうちょっと認知してもらえると楽だったかなという気がしてます。

学校がある日に昼間公園とかに連れて行くと
「どうして学校行ってないの?」みたいな感じで、
割といろんな全然知らない方にも聞かれたりしたので、肩身の狭い思いはしましたね。


インコさん
私も知りませんでした。


尾木ママ
悩みの崖っぷちに立っている人にも届いていない。
コレまずいわ。


はやぶささん
情報を取りに行くのが難しいですよね。
どこで聞けばいいのかわからない。


尾木ママ
そしたら不登校で休んでる子の担任とか学校が「こんなふうに考えが変わってるから気を楽にしていいよ」って・・・


はやぶささん
言わないです。
担任の先生は学校に帰ってくることしか考えてなかったように私は感じました。


コハダさん
教えてくれないですよね。


尾木ママ
教えてくれない?じゃこのウワサの保護者会見なきゃ(笑)


高山アナ
何のための通知なんだってことにもね。


尾木ママ
「通知」って言ってるんですから。通知してるんだから。


番組アンケートによると、こうした新しい動きについて
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・・・の声がある一方で

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・・・という意見も見られました。


コハダさん
実際問題自分の周りでそういう親御さんとか、例えば先生とか祖父母の世代の方が同意してくれるかと言ったらそれは難しいです。


尾木ママ
あー祖父母ね~・・・。


コハダさん

どんなに言っても、未だに義務教育は行かせる義務があるものだって全然わかってもらえない。


教育機会確保法では・・・
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小中学校の卒業については・・・
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そして気になる高校への進学については・・・
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さらに・・・
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高山アナ
学校に行かなくても選択肢としてはいいと。
ちゃんと学ぶ機会はあるというのは解ったんですが、自立への心配をされる方も結構多いんです。


はやぶささん
そうですね。

今まだ中学生なので高校の年齢ぐらいであればまだ親の庇護下にある。
でも大学を卒業する年齢に達したとき今の状況が続いていればどうなる、と。
自立して生活できるのか。

今のシステムであれば中・高・大言って就職するのが通常のレールですが
全部スキップされてしまうと難しいなという気もしていて。


コハダさん
はやぶささんは主人の考えと多分一緒。


尾木ママ
男性はそうなんですよ。


コハダさん
すごいわかります。
私はそこはもうスキップでいいやって正直思っていて。

その辺は親子でシミュレーションして、
中卒だったらいくら稼いでどうしたらこういう生活ができるよってプランとかは、
実際二人でしゃべったりしています。

私の場合は、本人が学校に適応しないのであれば違うやり方を模索してもいいんじゃないかと思ってまして。
例えば家でパソコンで仕事をするというのも今は出てきてますから・・・。
毎日同じ処に通わないでお金を得る方法を学んでもいいのかなと。


はやぶささん
それもアリですね。


高山アナ
ではですね。
不登校を経て学校に戻ったら/あるいは不登校の後も学校に戻らず社会に出たらどうなった、という2つの例を見ていきます。
まずは長い不登校の末、高校から学校に戻りましたという男性のこれまでの生き方を振り返ってみます。


和歌山大学教育学部の具路(ぐろ)さん。
小学校から中学校にかけてのおよそ7年間不登校だった。
友達も多くスポーツが大好きで活発な少年だった具路さん。
それが小学校3年生のとき突然学校に行かなくなった。



具路さん
本当だったら行かないといけない気持ちが心の中にあって
もやもやした感じで日々を過ごしていたと思います。


学校には行かず昼間は外にも出なくなってしまった具路さん。
母のアキヨさんはそんな息子の変わりように戸惑った。



アキヨさん
「明日から行かないから。」って自分で宣言をして、なんかこれはただ事じゃないっていう感じで。
学校に行けなくなるまでは本当にごく普通の元気な子供でした。
そのことをきっかけに本当に家族と話をしなくなりました。


お母さんが具路さんと続けていた交換日記。
話をしてくれない中何とか気持ちを知りたいと日記の中で語りかけた。
「かぞくでたすけあっていこう。」
「いいたいことはいってください。」

しかし具路さんにとっては負担だったという。
「じんせいやりなおしたいです」
「なんでぼくは今ここにいるのかなぜこれを書いたのかわかりません」

三年間続いた交換日記も途絶えてしまった。
日中家で一人過ごす具路さんが心配でお母さんは職場を家の近所に変えお昼は帰って一緒に食べるようにした。
更に学校に相談に行ったりフリースクールを訪ねたりした。
しかし状況は変わらなかった。
中学に入り一旦は学校に通いだした具路さん。
しかし小学校時代不登校だったことでいじめられ再び行かなくなった。


アキヨさん
その頃は仕事に行っていても、帰ってきたらいなくなっているとか リストカットしているとかいろんな心配をしながら生きていたと思います。
生きてるだけで丸儲け。
もう学校に行くとか行けとかは思わなかった。



学校に行けとは言わなくなったお母さん。
―その時具路さんは?


具路さん
その時はすごい安心っていうか。
家にいてもいいんだと思って。
その時は家は安心していられる場所と感じてました。


こうしてほぼ7年にわたって学校には行かなかった。

でもその間ずっと繋がっていた居場所がある。
それは小学校4年生の頃から行き始めた同じ県内にある和歌山大学のプラットホーム部。
プラットホーム部とは和歌山大学の部活動の一つ。
不登校の子供たちと学生たちが2か月に一回一緒に遊んで交流を図っている。

親とも先生とも違う大学生が子供と対等な立場で好きなことに寄り添ってとことん遊んでくれる。
具路さんにとって自分らしくいられる場所になった。


具路さん
その時は
めちゃくちゃ楽しくて。
行った子供が主人公という感じでみなさん接してくれるんですよ。
ものすごい楽しくて一日中朝10時から夕方4時までずっと遊んで、
帰るときは
ものすごく嬉しい気持ち。


こうして学校に行かないまま中学三年生になった。
いよいよ進路が気になり始め、プラットホーム部の親しい学生に相談した。

“とりあえず高校は行った方がいいよ”

大学生の言葉がきっかけで高校に進学することを決めたという。


具路さん
誰が話すかが大事で、全然知らないおじさんにそんなこと言われてもそれこそ行こうとは思わないが
やっぱり親しい人が教えてくれるのはすごい自分の胸に刺さる。


そして中三の6月から久しぶりに勉強を開始。
週一回家庭教師に来てもらいあとは独学。
手さぐりで勉強を進めていった。
本人も合格できるとは到底思えなかったが、とにかく受験した。

結果は見事合格。
県立高校への入学が決まった。

―ほぼ7年ぶりの学校。戸惑いはなかったのだろうか?



具路さん
高校生活は最初はすごい緊張しました。
でも周りの友達がめっちゃ優しくて。
先輩たちも温かく迎えてくれるし。


―授業はどうでした?

具路さん
新鮮でした。
本当に逆に集中できるというか。
多分ずっと小学校から中学校9年間授業を聞いていたら、
高校に入ったらしんどいってなるかもしれないですけど、すごい逆に新鮮。

おもしろかったです。


高校では囲碁将棋部とバトミントン部の2つを掛け持ち。
土日も部活に明け暮れた。

そして高校三年の6月に大学の受験勉強を開始。
塾に通わず自分で先生や先輩に頼んで教えてもらいながら学んだ。
目指すは和歌山大学一校のみ。
理由は不登校の時期を支えてくれたプラットホーム部があるから。

そして現役で合格し、お世話になったプラットホーム部にも、今度は子供たちと遊ぶお兄さんとして関わるようになった。

7年に及ぶ不登校を経験し高校から学校鵜に戻るという選択をした具路さん。
今大学まで進んでみてどうでした?


―ここからスタジオへ。具路さんが登場―


はやぶささん
さっきのVTRの中でも「とりあえず高校に行かなきゃ」って言われたのが刺さったと。
ただ何も知らないおじさんだったら全然だけど、
親しいいわゆるバディのお兄さんから言われたのが刺さったと。

親しい人・・・
親じゃダメなんですか?


具路さん
親となると対等な立場じゃなくて上から言われてしまうので、そこには反発したくなるというか。
親とかではなくて・・・。


インコさん
親にどうしてほしかったですか?
休んでいる時期にどういうふうにいてほしかったっていうのはありますか。


具路さん
認めてくれる。
肯定してくれる。
すごいやってほしかった。

学校に行っていない自分を認めてくれるようになってからは、
僕の気持ちも安定して「学校に行かない選択をしてもいいんだ」と思えました。
そういうふうにしてくれたらなと最初は思ってました。
母が自分の気持ちを優先してたんじゃないかなって僕は感じてました。


高山アナ
高校で不登校にならなかった理由何かあります?


具路さん
僕はもう
ほんとに人に恵まれてるっていうか、
友達にも恵まれてたし、先生とか先輩も
すごいいい方がたくさんいたっていうことが一番大きかったです。


はやぶささん
家だけ・家族だけでは足りないっていう感じに聞こえるんですが。

お友達であるとか、周りの環境が整ったから戻れたっていうふうに聞こえますが、
小中学校のときには両親の支援を受けてたけど戻れなくて、
高校に入ってお友達とか先生に恵まれたということは、

小中学生の時に先生とかお友達に恵まれていたら不登校にはならなかった?
ご本人の成長もあるかと思うんですけど。


具路さん
・・・それはわからない(笑)


ケイトウさん
その前にご両親がやっぱりちゃんと味方してくれるような考え方に変わられて、側にいてくださったっていうことですよね。


具路さん
そうです。
やっぱりそれまでに安心できる場所が家にできて、安心できたからこそ
次のステージへ行けたんじゃないかと思います。


はやぶささん
それがたまたま高校進学のステージだったっていう・・・?


具路さん
そうです、たまたまそのタイミングだったと思います。


高山アナ
劣等感とか引け目とか高校のときは感じたりしませんでした?


具路さん
他の子たちは学校に行ってる。
自分も学校に行かないといけないんじゃないかって思ってしまう。
そういうところで劣等感はすごい感じてました。

でも大学に上がってから、行けなかったその時間はすごい大事な時間だったんだと思いました。

行かないっていう時間そこでいろんなことを考えるんです。
進路について悩んだり、ゲームの攻略とか考えたり(笑)、僕って何になるんやろうとか 世界ってどんなんやろうとか
多分いろんなことを考えると思うんです。

いろんなことを考えて考えてすると、ちょっとずつ大事なことが見えてくる。
学校行ってた時はお母さんお弁当作ってくれてたなとか
お母さんって優しかったんやなって、行かなくなって初めて気づくんです。

行ってるときは当たり前なんですよ、全てが。
友達と過ごす時間もそうですし
親や先生と過ごす時間・旅行に行くとき・みんな当たり前。

けど学校に行かなくなってそういうことがだんだんできなくなると当たり前じゃなくなる。
そこで大事なことってこんなことやったんやって。
大学に入ったときに人のありがたさを感じて、あの時間って大事だったんだと思えるようになりました。


尾木ママ
今は自信をもって不登校しててよかったと思います?


具路さん
はい。
僕は学校に行かなかった時間はすごい良かったと思います。


高山アナ
具路さんの場合は不登校から学校に戻って、それからまた人生が続いているわけですけども
不登校の後学校に戻らずに社会に出た方はどんな人生を送ったのか。

もう一方の例をここでご紹介いたします。


現在店舗のデザイン・施工を行う工務店の経営者として、
そして飲食店のオーナーとして働く一瀬(いちのせ)さんもかつて不登校になった経験がある。
当時は自分の将来を思い描くことすらできなかったという。



一瀬さん
絶望してましたからね。中一の登校拒否をしたころは。
将来どうするんだって親も思ってたし、自分も思ってたので。
学校行かなかったらどうやって生きていくんだって。


一瀬さんが学校に行かなくなったのは中学1年生の時。
本人にも理由はいまだにわからない。
家族からも近所の人からも学校に行かないことを責められながら、家に引きこもって何もできない日々が続いていた。


一瀬さん
学校も行ってないし、働いてないんだからお金は使えない。
使っちゃいけない。
家族に迷惑ばかりかけてて、何もしちゃいけないと思ってました。


何もできず引きこもり続ける一瀬さん。
心配した両親は不登校の子供を持つ親の会に出かけたり本を読んで勉強するようになった。
そしてだんだん一瀬さんのことを責めなくなった。

すると一瀬さんの気持ちも落ち着いてきた。
家に引きこもりながらも料理を作ってみたりするようになった。

その後中学2年のときにフリースクールへ。
仲間たちと公園で遊んだり自転車で遠出したりログハウスを作ったりなど、いろいろなことに挑戦した。

中でも、印象に残っているのはみんなで熱気球を作って飛ばしたこと。
好きなことを通じて学ぶことができたのではないかと一瀬さんは言う。


一瀬さん
気球作るなんてただ遊んでるだけでしょってそう考える人も多い。

でも熱気球を飛ばすってものすごい科学じゃないですか
それをみんなで計算して飛ばすっていうのはすごいことだと思う。
勉強っていうのはいわゆる学校の勉強だけじゃなく遊んでることが勉強になると思う。


引きこもりの状態から抜け出した一瀬さん。
しかし相変わらず学校に戻る気にはなれなかった。

―そのころ将来への不安はなかったのだろうか。


一瀬さん
なくなりはしない。
ずっと不安はありましたね。
やっていけるかなとか。


将来不安だけど学校には戻りたくない。
自分には何ができるのか考え続けた。


一瀬さん
ずっと考えてました。
何ができるのか、何が好きか・・・。
引きこもっていた時に料理していて楽しかった。
料理だったらおいしんぼによると実力社会だから、料理ができれば不登校とか関係なくやっていけるのかな、と・・・。


そして18歳で料理人の修業を開始。
レストランで住み込みで働き休みの日にはお店のリフォームも手伝い料理人と大工両方の仕事を身に着けていった。

修業を始めて10年後。
コツコツ貯めた200万の資金を手に28歳で念願の独立を果たした。

お店は当時まだ日本では珍しかったスペインバル。
修業の合間に行ったスペインのお店のイメージにしたくて、店舗のデザインから施工まで自分で手掛けた。

このお店が評判を呼び、飲食店の設計や工事を中心に様々な依頼が来るようなり、工務店も立ち上げた。

多彩さを仕事に発揮している一瀬さん。
―学校に行かなかったことを今はどう思っている?



一瀬さん
そうですね・・・
今も別に後悔はしていない。
やりたいことはやっていい。
それがわかった、知れたのはすごい良かったと思いますね。


学校に行かないでも生きていける道を探した一瀬さん。
皆さんどう思いますか?

―ここでスタジオへ、一瀬さん登場―


高山アナ
すごいですね、経営者として多角的に頑張ってらっしゃいますね。
でも遊びの中にいろんなものを見つけたとおっしゃってました。


一瀬さん

本当ただ好きなことを見つけて、一つずつこれが楽しそうだなと思ったらそれをやるっていう、シンプルなことの繰り返しをずっとしてたと思うんですけど。


コハダさん
後悔がないっておっしゃってたじゃないですか。
それは学校に行ってないと、学力の部分とコミュニケーション力の部分がどうだったのか気になるんですけど。
その辺は困らなかった?


一瀬さん
勉強は必要な時に知識が足りなければその時学べばいいと思っていますし、
僕が必要な知識は普通の学校で教えてもらえることじゃないと思っていたので、僕には必要なかった。

コミュニケーション能力も、学校だと同じ年の人しかいない
社会に出ればいろんな人がいるので、
学校に行かなかったからコミュニケーション能力が育たない、というのは、そうじゃないと思います。



尾木ママ
本当の意味でのコミュニケーション能力とは、
フリースクールなどで異年齢の人と交流したり、
ボランティアで地域に参加したり、いくらだって地域があるわけですから。
どんどん関わっていけばいいんです。

僕が教員の立場から、不登校になってる人たちいっぱい知ってますけれど、だからそういう点で、コミュニケーション能力のところは心配ないです。

それからもうひとつ学力のところでね。
学校っていうのは非常に効率的に体系立てて、9科目上手にやってるの。

これは非常に合理的だしそれを利用するに越したことはないけれども、
一瀬さんがおっしゃったように、今自分がほしい知識とか、そんなのはパソコンやなんやでいくらだって取ることができるし。
自分が今必要だと思ったその知識を学ぶパワーというのは、テストのためだとか赤点取らないようにとか、こんな勉強の仕方と全く違う。
ガーッと深く入っていって習得のスピードも量も質も違ってくる。
だからそういう学びで全然おかしくないんです。


ネジバナさん
学力だけではなくて、やっぱり、自分がやりたいこと・知りたいことを 
自分の興味を持ったことを自分の好きな時間に好きなだけ学ぶのが
本当の学びだろうと思うんです。

うちの子はたまたま大学に行きましたけれども、一瀬さんのようにやりたいことを見つけてその方で頑張るっていうことも全然オッケーだし。

楽しく生きていくにはどうしたらいいの?って思うと、
自分の好きなことを一生懸命やることほど楽しいことはないはずなので、
そういう人生の幸せを求めるのが一番だと思うんです。

それで「不登校でよかった」ってお二方もおっしゃったけど、
私もうちの子が不登校でよかったと思っていて。
開眼させてもらったのは息子のおかげと思っています。

それまではやっぱり学校に行くのが当たり前、行かないでどうするんだっていう考えの親でしたから。
息子のおかげだなと思っています。


高山アナ
学校に戻らなかった一瀬さんと、学校に戻った具路さんですけども、お互いの人生を見て何か思うところというか、どんな感想を抱かれます?


一瀬さん
大学生活楽しそうでうらやましいなって率直に思いましたよ。
僕は経験しなかったので。
機会があったらいつか行ってみたいなって思ってます。


具路さん
好きなことをやっていいんだって気づいた、早くから気づいてたっていうのはすごい羨ましくて。
それを見つけてやってきた、ずっと好きなことをやってきたっていうのはすごい羨ましいし すごいことだと思うので、ほんとにその部分では尊敬してます。


尾木ママ
だからね僕ね、不登校の人たちの生き方から学ぶことがいっぱいあると思うの。
もう宝庫だと思うんです。

好きなことばっかりやってるのは勉強じゃないと。わがままだとかね。
それじゃ大学受からないよとか言うの。

これは全然違ってて、確かに大学は受からないですけども、
それは本当の学びだし 好きなことをやることがどんだけ楽しくて、困難があっても乗り越えていけるんですよ。


高山さん
みなさん今日はありがとうございました。


一同
ありがとうございました。


学びの形は人さまざま。
焦らずその人なりの学びの道を探してもいいのかもしれないー。





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こっから私の感想です!


・・・って書くつもりだったんですけど、すんげ~長くなっちゃったんで次回に書きます!
てわけで、次回に続く~~~☆