出血が酷かったために、赤ちゃんに会いにNICUに行けたのは次の日でした。
シャワーを浴びたり、親友がお見舞いに来てくれたり、看護師の巡回の度に血圧を測ったり、乳首のマッサージをしたり、なんとなく赤ちゃんのことは頭の片隅に置いたまま、忙しく午前中が過ぎていきました。

二時ごろ、夫と一緒に同じ階にあるNICUへ。
自動扉をくぐって、手を洗い、使い捨ての手首まで袖のあるエプロンを身に着けました。
さらに自動扉を抜けると、たくさんの機械と、機械に囲まれた赤ちゃんたちが!
さっそく保育器の中に入ったアカコを発見。
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この小窓から手を入れて赤ちゃんに触ることができました。保育器の中は最適な温度に保たれ、アカコはおむつだけの裸んぼですやすや眠っていました。
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 NICUは13時~21時まで、両親だったら自由に出入りOKでした。
夕方一人でもう一度行き、頭を撫でてあげると、こっちを見てギャン泣きし始めました。手をこちらに伸ばして泣く姿が抱っこを求めているようで、胸が痛みました。
でもお腹が減っているだけだったらしく、看護師さんが哺乳瓶の乳首をくわえさせると、落ち着いてちゅうちゅう吸っていました。


次の日も乳首のマッサージを受けますが、私の乳房は何の変化もありません。もちろん自分でもしょっちゅうマッサージをしているのですが。
NICUに行くと、アカコは生後三日目にしてさっそく保育器から出て、コットという赤ちゃん用ベッドに移っていました。まだ腕に点滴をつけていたけど、もうエプロンもしなくていいし、抱っこしたりおむつを替えてあげたりもできます。
私が行ったときはちょうどミルクの時間だったので、母乳を吸わせてみることになりました。
別室にて指導を受けながら、初めての授乳・・・。 
ぱくっと口を開けて、乳首をちゅうちゅう吸い始めました!

すごく可愛くて・・・感動しました。

と言っても母乳はまだ出てないので、その後夫がミルクを飲ませました。完飲でした。

母乳を直接飲ませるのは15時のミルク時だけだったので、大部屋に帰ってからもせっせと乳搾りに励む私。けれど何も変化はなく・・・。


次の日の午前中は、助産師さんとお産のふり返りの時間がありました。
助産師さんは、助産院を希望していた人が夢かなわず病院で医療介入を受けて、自分のお産を前向きにとらえられないことがあるのを心配していました。
私は誰にとっても一番幸せな場所でお産ができたことを伝え、そこまでは前向きな感じで会話が進んでいたのですが・・・。
赤ちゃんの話題になった時、不覚にも涙が。

赤ちゃんと一緒にいなくてもなんだか平気な自分。

乳房にも変化が起こらず、赤ちゃんはNICUでミルクを飲んですくすく育ち、このままだったら赤ちゃんがいないことに慣れてしまいそうな自分。

そんな自分のところに突然赤ちゃんが帰ってきても、最初からずっと一緒にいたときのように愛せるんだろうか。

周りは、「長い育児なんやから休めるうちに休んどき」 ってゆうけど、最も母性ホルモンが出ているであろう最初の数日を逃したら、埋められない何かがあるんじゃないか?

部屋に帰ればNICUのミルクの時間が書いた紙が置いてあって、一日8回のミルクの時間に私は母乳を届けることもできず、赤ちゃんに何もしてあげれない、それが虚しい・・・。


助産師さんはそんな私に、彼女の第二子も2000gぐらいの体重で生まれ、一ヶ月間NICUに入院していたこと、赤ちゃんは毎日成長して変わっていくので、愛着はちゃんと産まれると言いました。
それに男の人って、女よりもよほど親になるって実感がわきにくいと思うけど、それでも一緒にいるうちに愛情が深くなるし、そういうものですよ、と。

そういわれればそうだ。

特に産後の一ヶ月ぐらい赤ちゃんと妻は里帰りした方がいいっていう風潮だし、きっと一緒にいたいだろうけど夫も「実家でゆっくりしてきいや」と言ってくれたのだ。
そんな男たちも、愛情深い父親になってる。
あたしは赤ちゃんと退院できるでしょう、最後の数日は母子同室になれるでしょうって言われてる。あと数日がなんだってゆうの?


助産師さんと話をしてから、私はすごく気持ちが楽になりました。
前向きな気持ちで乳首マッサージを続けていると、その日の夕方から胸にしこりができているのに気づきました。


つづく。