こんにちは、茜です。

私は妊娠前からずっとずっと助産院で産みたいと思っていて、妊娠してからは助産院の指導に従ってお灸や散歩や甘いものをやめたりなど、努力をしてきました。

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逆子、溶連菌、尿糖検査など一つ一つクリアしてきて、赤ちゃんと一緒に助産院でのお産を目指して進んでいってる、そんな感覚がありました。

そして・・・破水して助産院に行ったのに、その後病院搬送。
赤ちゃんの心音が寝ているときと起きているときにあまり差が出なかったことが理由でした。
「赤ちゃんが元気なのはわかっているけど、モニターで証明できないから」
とベテランの助産師さん。

とても悲しかったですが、今はそれでよかったと思っています。

アルピニストがよく言います、山頂を諦める決断が一番難しい、そして勇気がいることなんだと。

このベテラン助産師の前々からの私の体調への懸念、そして今回の決断、私は登山家の言葉を思い出しました。
そして、彼女の見立ての正しさを後々思い知ることになります。


*助産院の方では完璧に問題のない妊婦以外は受け入れられないこともあり、私のお産はずっと「灰色」だと言われていました。
予定日が近くなるにつれ盛り返してきたこと、提携している病院が「心配ないわけではないが、助産院で産めないと言えるほどのレベルでもない。」と言ってくれたこともあり、私は助産院で産む予定でした。





1、血圧が上がった

助産院から病院に搬送されてから、私の身体に変化が起き始めました。

もともと、妊娠後期になって、私の身体と赤ちゃんに異変が生じてきていました。

私は妊娠中期から足の浮腫みに悩まされてきました。
後期になって産休に入ってからも、とどまることなく浮腫み続けてたんです。

そして、血圧も高くなっていました。
今までは110/60以下だったのが140/80台以下へとじわじわ上がっていってたんです。

それでも、予定日が近づいてくると、塩分を極力控えた食事が良かったのか、浮腫みも血圧も引き始めました。

けれど、病院に搬送されてから、正常値に戻っていた血圧が再び上がり始めたのです。

何度測っても、測る前に深呼吸をしても、130~140/80に。
病院側も血圧を一番心配していました。

そしてお産の瞬間、血圧は190/100台へと急上昇!
分娩台の上で血圧を下げる薬を飲んでいきむことに。

お産が終わると、血圧は嘘のように下がっていきました。

もし助産院のモニターで赤ちゃんの元気さが証明されていたとしても、数時間後に私は血圧のせいで病院に搬送されていたでしょう。


2、産まれてみると赤ちゃんが低体重児だった

妊娠中、途中まで正常曲線の真ん中を推移していた赤ちゃんが、後期に入って成長が鈍りました。
なかなか大きくならなくなったんです。

けれど、私の浮腫みと同じように、予定日が近づいてくると赤ちゃんもそこそこ育ったようでした。

病院のエコーでも、助産院のエコーでも2700gはあるとのこと。
エコーがなかったころから仕事をしてきた助産師も、お腹を触った感覚で2700gはある、と言ってくれたので赤ちゃんの大きさについては心配していませんでした。胎動もしっかり感じてたし。



でも・・・。

産まれた赤ちゃんを見て「小さいね」と言う主治医の声・・・。

2468gと知ってびっくり。(41w2d)

主治医が言うには、もともと胎盤機能不全の気があり、それで赤ちゃんが育てなかったのでしょうとのこと。

ちなみに胎盤機能不全は、受精卵が着床したときにどれだけ子宮内膜にもぐりこめるかとか、根を伸ばせるかとか、へその緒の位置が胎盤の端の方についてしまったとか、様々な要因で起こる可能性があるとのこと。

一人目が胎盤機能不全だからと言って二人目もそうなりやすいわけじゃないってこと。
受精卵の初期の環境がとても大事だということでした。

ただ、私の場合は高血圧になったりしたので、次の妊娠も気をつける必要があると言われました。

もし助産院で赤ちゃんが無事に産まれていても、2500g未満の子は病院に行かなくてはなりません。



3、赤ちゃんが無事に生まれてこなかった

もし、助産院で、好きな体勢でいきめて、重力に従って赤ちゃんが下りてきていたらどうだったでしょう?

結果論で誰にもわからないことですが、陣痛が弱かったらしく、赤ちゃんがなかなか出てこれずに、赤ちゃんは心音低下。
急きょ私は酸素マスクをつけられ、会陰切開で引っ張り出された赤ちゃんは、蝋人形のように真っ白でした。

胎便の混じった羊水を飲んでしまっていたため、吸引されて苦しそうな赤ちゃん。
呼吸が安定するまで酸素マスクのようなものを口に当てられていました。

また、予定日を過ぎているのに低体重の子は、低血糖を起こしやすいとのことで、それもNICUで検査をすることに。



4、産後の出血が多かった

胎盤機能不全のため陣痛が弱かった私は、産後の出血も多めでした。

出産を終えた子宮は、自らの陣痛によりギュッと収縮し、血を止めるようになっているのですが・・・

私は助産師によると1リットルは出血したそうです。

確かに、ベッドで休んでいるときは実感は全然なかったのですが、
トイレに立ち上がろうとした瞬間キーーーンという耳鳴りがして、助産師に止められました。
しばらく休んだ後でも、トイレをして立ち上がった瞬間、一瞬意識を失いかけたようです。
自分がどこで何をしているのか、分からなくなりましたから。
立っているのか座っているのかも分からなくなりました。


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このように、たくさんのトラブルがあったので、みんなが病院でよかった・・・と言っていました。

そうなのです、誰にとっても、最高の場所で、お産ができたのです。

胎盤機能不全のせいで赤ちゃんに最高の産まれ方をさせてあげられなかったのが申し訳ないですが、本当に病院でよかったと思えました。
信頼できる主治医と、チームワークのとれたエリート集団・助産師sと、助産師を目指す学生さんたちに支えられ、お産というすごい体験をさせてもらえました。


でもやっぱり、次は助産院で産みたい

タイトルを読むと 助産院<病院 のような印象を受けるかもしれませんが、二人目を授かれるなら、次こそは助産院で産みたいなって、性懲りもなく思ってます(笑)

こんどこそ100%健康体にして、夫と娘とお腹の赤ちゃんと、みんなでお産に臨みたい。
そして今度こそ、この世にやってきた瞬間に赤ちゃんが苦しい思いをせずに済むような、そんなお産ができたらと思っています。