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子宮口も全開になり、ついに分娩台に上った私。

やだなぁ、このまま好きなスタイルで産みたい・・・と思いつつ。

分娩台では、スタッフの準備が整うまでは頭の側の手すりを持って亀の子ポーズで陣痛を逃す。というかいきんでました。

陣痛のたびに、身体の中からお尻に向かって大きなものが出てこようとする強烈な圧力があり、陣痛に合わせてお尻や腰の筋肉が意志を持っているかのようにひとりでに収縮し、とてもそれを止めようとか、いきみを逃そうなんてできませんでした。

そのたびに助産師がお尻の穴を塞いで赤ちゃんが出てこないようにするのが気持ち悪かったです。むしろ自然な流れに任せたかったなぁ。


そして医師も到着(偶然主治医がいる曜日でお産ができてラッキー♪)、私は悪名高き仰臥位にならされ、仰向けになって重力に逆らって上向けにお産をする、という可笑しなポーズでお産する流れに。
(医療レベルは最先端な病院だけど、この分娩スタイルはどうにかならないのかな??)

赤ちゃんの頭は見えてる、と助産師さんたち。

気づけば今日出勤の助産師全員集まったの?ってぐらい、多くのスタッフに取り囲まれていました。

「いきみのときに頭あげて、おへそを見て。」

「フーーーッて鼻で息を吐いて。とぎれとぎれに息してたら力が入らないからね。」

「三回深呼吸してからいきみの前に息を止めて、いきみで長く息を吐いてください。」

さまざまなアドバイスが飛びます。
いきむときに夫が頭を支えてくれたり、汗を拭いてくれたり。
「いけぇ~っ!」と掛け声をかけて、彼も必死です。


赤ちゃんの頭が見えていると言われていたので、産まれるのはすぐかと思っていたのですが、どうやら私の陣痛が弱いようで、なかなか進みません。

主治医が会陰切開を打診してきましたが、麻酔もなしにチョン切られて縫われる、と思っていた私は一度は断りました。
自分では強烈な陣痛が来ているので、このまま産まれると思っていましたし。

そのあとも何度かいきみますが、モニターを見ていた主治医がついに決断しました。赤ちゃんの心音が下がってきたのです。

麻酔を使ってくれたので切開の痛みは感じず、主治医が陣痛に合わせてお腹の上のほうを圧迫、私はどこからともなく現れた酸素マスクをつけられ、最後のいきみ!

助産師が会陰を指でぐにゅ~と広げて赤ちゃんを引っ張り出しました。


理想では赤ちゃんを胸に抱いて、母子感動のご対面・・・。でしたが、現実はもっとシビアで。

赤ちゃんはろうをぬったように白く、すぐに処置台に運ばれました。

すぐに産声が聞こえ安心しましたが、助産師が赤ちゃんの身体をこすったり、吸引したり、酸素マスクで呼吸を助けたり。
赤ちゃんは泣きわめきながら身体をばたばたさせていました。


エコーでは2700gはある、と言われていたアカコの体重は、41週2dにも関わらず2468gしかなく。

産まれるときに胎便交じりの羊水を飲んでしまっていて。

呼吸も不安定で。

かけつけた小児科医の判断で、NICUに入院させて検査をすることになりました。


そのままNICUに運ばれるのかと思っていましたが、助産師が赤ちゃんを抱かせてくれました。

ぱっちりした目の女の子でした。
可愛くてかわいくて、愛しさが込み上げてきました。

「よく頑張ったねぇ、ごめんよぉ。また後で会おうね。」

というのが精いっぱいでした。無事に産まれてきたら、なんて声掛けするかいろいろ考えてあったのですが。
アカコは落ち着いた表情で、眩しそうに腫れぼったい目を開けていました。


その後、LDR室の中で、カーテンで仕切って、私の両親とアカコのご対面。嬉しそうに赤ちゃんを見てあれこれ言っている両親の声を聞きながら、私は産後の処置。

1時間ほど休んでトイレに行こうとしましたが、ベッドから立ち上がるとキーンという耳鳴りが。
まだ休ましてもらうことになりましたが、出血が多く、1リットルほど出血してしまっているようでした。
確かに、そのあとでまたトイレに行った時、便器から立ち上がったものの私は一瞬寝起きのような感覚になり、自分がたっているのか横になっているのか、どこにいてどれほど時間が過ぎたのかわからなくなったほどでした。
顔色も真っ白だったようです。


赤ちゃんがNICUに入院したことで、当初病院の方針で個室で母子同室、という計画は意味がなくなり、赤ちゃんがNICUから出てくるまでは私は大部屋で過ごすことにしました。

その後、母子手帳には、

・胎盤機能不全
・妊娠高血圧症候群
・胎児仮死→蘇生
・出血多量
・アプガースコア6点、その後8点


など、一見ぞっとする言葉が並んでいました。


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